果物・・・食べ物三昧・・・しあわせです!感謝です!


子供時代・・・

私は 小さな町の子

周囲は 田舎・・・

広い敷地で お爺さんが作った 

【 イチジク 】や【 イチゴ 】

よく食べたなぁ~。

もちろん、お爺さんが近所の八百屋に出した残りだから

そんなに上物では無い。

それでも、他所には無い果物だから

わが家は恵まれて居た。

近所に 柿市場が在ったので・・・

( 富有柿の名産地?発祥の土地 )

遊びに行くと スカートの前を風呂敷がわりに

オジサンたちがクズ柿をくれた。

柿は買うものじゃ無いと思って居た。



その頃でも 自慢したい柿農家オジサンが

天皇家に差し上げた美味しい柿だ!と言って居た。

フ~~ン 美味しいものは 天皇家に献上するのか?

と、子ども心に思ったものだ。

もちろん、この地方・・・

美味しいアユも 天皇家に献上する。

天皇家とは 美味しいものばかり食べられるんだなぁ~と

思ったものだ。

まだ、戦後・・・あまり経って居ない時代、

国民が まだまだ貧しい頃から

やはり 天皇家は特別だったんだね。

今 古文書など読むと・・・

各地方 それぞれに 名産品を

天皇家や将軍家に献上した!

と言う内容が 多いのに驚く。




母の在所も 柿の木が多く在る農家だったので

( 田舎は農家 岐阜の街には 印刷会社 
  家が二軒あったので 岐阜市へ行くと
  焼きたてのアユが 昼のおかずだった
  ウナギもよくご馳走になった。 ) 

柿にも不自由した事は無い。

アユにも不自由した事は無い。



イチゴ・・・私の頭の中では

大きな器に入れて ミルクを掛けて

潰しながら ザクザク食べるものだった。




柿・・・私の頭の中では

三個も四個も かぶりつくものだった。

富有柿は甘くて美味しい。




アユ・・・私の頭の中では、

丸ッと苦いハラワタまで 温かいご飯の上で

お茶漬けにして サラサラ 食べるものだった。

ウナギも しかり。

月一 岐阜の街で家族が遊ぶ時

なまず屋さんで、必ずご馳走でした。



食べ物の思い出は 

人の一生に 付いて回るものかも知れない。

今でも イチゴを買うと・・・

自分だけ 一パック 丸ごと食べたいのだから

仕方が無い人かも。

自分用のご褒美に購入。

ペロリと食べてしまう。




さて、そんな私・・・

もう~思い残すことは無いほど、

今 イチゴを食べて居ます。

何故なら 〇〇ちゃんが ふるさと納税の返礼品だと

今回 イチゴを~~山ほど送ってくれたからです。

少し前には キウイを一箱 送ってくれました。

感謝です。



直ぐに傷むものだから・・・

これは 大急ぎで食べるしかない。

呆れる夫の目は 在りますが・・・

私は 今 イチゴを丸ごと 一パックを 

毎食食べて居ります。

しあわせ~~です。

もう~イチゴ天国です。

加工しようかとも思いましたが、

やはり 生で食べるに勝るものは無い。




去年の秋には 自宅で生った「柿」を

これでもか!というくらい食べました。

これも 私の「 しあわせの一つ 」でした。




もちろん、狭いわが家の庭には 柑橘類も生ります。

だから ハッサクやレモン キンカン 温州ミカンは

食べ放題です。

これも 私の「 しあわせの一つ 」です。



「 アユ 」

これも 甘露煮を いつも冷蔵庫に常備。

時々 お茶漬けで 「美味しいなぁ~」と

食べて居ます。

これも 私の「 しあわせの一つ 」です。




食への飽くなき欲求。

それが満たされる事のしあわせ。

私が満足して 

「 美味しいなぁ~ 」と言うのを見ながら

主人は 呆れて居ます。



この前も お寿司屋さんへ

あん肝の握りが美味しくて ニコニコしちゃった私

それを 「 そんなに美味しいか? 」と、

白けて居る主人。

美味しいとも言わない。


彼には まったく 食べたいものが無いからです。

イチゴでも ニ・三個で 充分だと?

品の良いお方で・・・。



私は 食欲があります。

食欲がある事は 善きことだと思います。

生きたい!という希望です。

世の中を見て居たい!

食欲が無くなったら 人生終わりだと思います。



主人には 私には無い 【 知識欲 】が

在るから それで良し。



彼の場合は 過去の世の中?

私の場合は 未来の世の中?

もっぱら 【 趣味?欲 】が異なる夫婦は

すれ違いながら それぞれ暮らして居ります。

人間 個性もあり 個体として異なるのだから

違って当然!だと思って居ります。

無理せず 生きなければ・・・息苦しい。

焦らず のんびり~のんびり 生きて居ます。