岐阜 あの柳ケ瀬の今・・・

時々・・・

岐阜市まで お勉強に出掛けます。

岐阜市には ズ~~と 出掛けるのを ためらって居た私。

少々 悲しい思い出が有るからです。

この頃になって 少し やっと出掛ける気になったばかりです。

岐阜市と言っても ほぼ 新岐阜あたり~だけ。

神田町を越して 北の方までは 滅多に行きません。

昨日は ( 4月 19日 ) 16BANKのくるるセミナーの会、

司馬遼太郎氏の本を読み合う日でした。

まさか あの町が あんなにまで 衰退して居るとは!

知りませんでした。




セミナー内容は 良かったです。

講師の方 たかべさんの 力強い声や 授業方法 その熱意が

すごく参考になりました。

私と 歳がそんなに変わらない先生でした。

パワー溢れる女性の先生でした。

大きな光る目と、強い存在感、

大人の女性の色気。

聞くものの首や胸にまとわりつくような

低くて甘い声が発するのは、はっきりした鋭い言葉。

どうやら 岐阜 土田出身の御方らしい。

土田は 信長の母の出身地。

カタクリの花の自生地があります。

私は 知りませんでしたが、

随分 立派なお方。

良い方を知り得て 嬉しく思います。

●講師/たかべ しげこさん(女優・演出家)


たかべしげこさん (講師紹介プロフィール)

舞台女優、オペラ演出家、朗読家。

女優としての代表作は、

「火刑台上のジャンヌ・ダルク」

「ワーグナー家の女」

「マギーの決断」

など、悲劇・喜劇の主演女優を演じ、

さすがです。

名古屋市芸術奨励賞や愛知県芸術文化選奨、

東京・紀伊國屋演劇賞個人賞など受賞歴多数。

オペラ演出家としては、

「ドン・ジョヴァンニ」「魔笛」「フィガロの結婚」など多数。

朗読では NHK ラジオ「私の本棚」、

朗読美術館シリーズなどに出演する。

元名古屋音楽大学教授。


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その前に・・・あの街へ、


随分 久しぶりに~

( ほぼ 十年ぶり? 

  その時は ただ、 通りを歩いただけ・・・

  誰にも会いませんでした。

  以前は 二十年以上前に・・・

  ある人に 少し会って 話をしただけ )

あの 【 岐阜 柳ケ瀬 】 を 歩きました。

深く 意味ある歩き方をする ( 人と話すか 話さない ) のと、

ただ ス~と 黙って歩くだけでは 見方は随分 異なって来ます。

【 ある人 】 が まだ其処に住んで居られると思ったから。

住民の動向まで なかなか 心が動きませんでした。

それほど、私は・・・

外国へ行ったり~

他の仕事に 気が行って居たのかも?

気持ちって なかなか 余裕が無いものなのですね。


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あの 少々 変わった歌手さん

美川憲一さんが 【 柳ケ瀬ブルース 】 を唄った頃

もう、既に・・・

柳ケ瀬は 衰退し始めて居ました。

その兆候が 在ったように 私は感じて居ました。

( 私の勘が 当たるとは・・・まさか まさかの展開です )

でも、その歌によって 柳ケ瀬の宣伝にもなり

全国的に 名だけは 広がりましたね。

少し 柳ケ瀬は 持ち直しました。





50年前に発表された、美川憲一の出世作ですね。

デビュー時の青春歌謡路線から演歌・ムード歌謡路線に転向し、

見事120万枚を超える大ヒットを記録した3rdシングルです。




雨の降る夜は♪ 心もぬれる~♪



という印象的な歌い出し~~

雨の日の暗さ 酒にまつわる女の悲しさが

よく現れて居る 歌だと思います。



飲み屋さんの女性 女給さんという職業の人、、、

戦後 在った 「 ストリップ劇場 」 と、いうもの。

真砂座とか?

怪しい雰囲気の場所には 近づいた事も有りません。

そういうお店が好きな男性も多かったようです。

そんな所に流れて来た 【 悲しい女性 】 の歌なのでしょうか?

三丁目の夕日の映画で 茶川さんに恋する女のような人。

昔は 居たのですね。




当初この暗い雰囲気を本人はあまり好ましく思っておらず、

反抗の意味を込めてぶっきらぼうに歌ったら、

逆にプロデューサーに気に入られてしまった、

というエピソードがよくテレビなどで語られています。



また、

この曲は『 ご当地ソング 』 の元祖という顔もあるとのこと。



柳ケ瀬と言っても 水商売の悲しい女やら

怪しいヤクザのような怖い男たちばかりが

住んで居るのではありません。

そういう場所は どちらかと言えば 柳ケ瀬でも

西の方?だけ、

怪しい劇場なども 飲み屋さんもある所。

しかし 東の方は 商売が中心でしたね。

銀行やお寺もあり、お金持ちも沢山住んで居ましたよ。

ごく普通の人たちも 沢山 住んで居ます。



私が 知って居る 【 柳ケ瀬 】 は、、、

郊外の人たちが 買い物に出掛ける 

「 何でも揃うお店がある所 」

日曜日の賑わいは まるで お祭りのような?

とにかく 華やかな場所と思って居ました。

岐阜市の大きなデパートと言えば・・・

丸物とか 丸宮、ほていや とか ビクター?

高級品も 衣料品も 映画館もある賑やかな商店街でした。 



わが家も例に漏れず 

月に一回は 家族で 【 柳ケ瀬 】 へ

映画を観て 食事をして 買い物をして、というパターンで

ごく普通の 【 戦後の家族 】 恵まれた家庭?

その頃は キチンとした勤め先があり~

毎月 お給料が出る家庭こそ リッチ?という感じ。

お百姓には 現金収入が少なかったようです。

それが今は 逆転ね。

わが家は ささやかなサラリーマン

【 戦後の家族 】 をして居ました。




地元の大学しか 行けない と、

思い込んで居た私。

親を蹴ってまで 遠くに行く勇気も力も無かったのが

私なのです。

今から思うと、情けない自分です。

しかし 人生は やり直せない。




学生時代に 頼まれて~

【 柳ケ瀬 】 の あるリッチな商売屋さんで

私は 娘さんの 「 家庭教師 」 をしていました。

今から 数えてみると~

五十数年前の事。

あのウイーン少年合唱団も 一緒に聴きに行きましたよ。

あの頃は 音楽にも興味があり~

ダークダックスや岸洋子さんも聴きました。




十九日 【 ある人 】 を 尋ねて行った 【 柳ケ瀬 】 は・・・

目的の家は無くなって居ました。

もうビックリしましたね。

それだけ 私は 岐阜 柳ケ瀬に行って居なかったのか!

と、唖然としました。

同窓会で ホテルまで行った時も有りますが、

柳ケ瀬の様子は そんなに気にもして居ませんでした。

しかしながら、昨日は じっくり見させていただきました。

すっかり住む人が変わって居たり~

シャッターが 下ろされて居たり~

空き地になって居たり~

老人用のマンションに建て代わって居たり~

やはり 老人用のコミュニテイ施設になって居たり~

ほとんど昔の面影は無し。

知って居たお店は 探しても見つからず・・・

かろうじて 細々と 昔のままで営業されて居るお店が

チラホラ~ホンの少し、

呉服屋さん 靴屋さん 傘屋さん

うっすら見覚えはあるけれど・・・

美味しいホットケーキやウナギを食べたお店も

今は無く・・・

もちろん デパートも 衣料品店も有りません。

【 ある人 】 の情報を知りたいと、

私は 昔 学生時代に経験した 【 社会学の調査経験 】 を

ここぞ!!とばかりに発揮し、

知っていそうな方を絞って聞き込みを開始。

何と さすが! (自画自賛)

二軒目にして 一番に知りたい

【 ある人 】 の情報を GETしました。

柳ケ瀬の過去を知るという 唯一の方に 聞いた情報です。

「 わしゃ~気分屋だから 話したくない人には 喋らんが~ 」

其処は 聞き出すのは得意! な私。

実にハッピーでしたね。

又 きっと  【 あの人 】 には 連絡がつく事でしょう。

これは 後の楽しみとしましょう。

【 あの人 】 は、

セミナーのたかべしげこさんのようなパワーの人。

やはり パワーのある人が 好きだなぁ~!




二番目に知りたかった 【 家庭教師先の情報 】 は

驚くものでした。

そこの両親も 息子さんも・・・

何と 病気で亡くなって居たのです。

私の教えた 【お嬢さん】 は あの頃 まだ 小5~6年生

( 私の結婚式には 中学生で 覗いてくれました )

あれから 商売が 上手く行かなくなり~

( 郊外に出来た大型ショッピング店に客層が移動 )

金銭的にも 大変だったそうで・・・

ついに 【 倒産 】 されたとか! 

彼女も 生きていれば・・・

六十代になって居る筈。

どうされて居るのかしら?

五十年という年月の間に~

運命というものは 何と言う 【 悪戯 】 をするのだろうと~

つくづく悲しく つくづく恐ろしく感じました。




何処の土地にも・・・

このような 【 ドラマ 】 は 有るでしょう。

一番 隆盛を誇る時代に その土地を処分し~

サッサと転居!

先見の明を持って より 前進できる方向転換が

上手く出来て居れば・・・

生活 人生 あらゆるものが 

違う流れになって居たかも知れないのです。

何処の家にも そういう歴史は 在るものです。

しかしながら 誰も 殆どの人が・・・

先の事など 上手く読めるものじゃ無い。

先祖からの土地にしがみついて 

動けないで居る間に・・・

あれよあれよ~~と言う間に 

社会は ドンドン動いて行く。

場所によっては 

思わぬ運命の悪戯に翻弄されていくものです。



売ろうにも 売れない土地に

成り下がってしまった地方の町は 

衰退の一途!

岐阜の柳ケ瀬も かっての賑やかさは何処?

という感じ。

破れた布のテント・・・

錆びたシャッター

其処に あの 「 野田聖子さん 」 のポスターが

貼ってありました。

野田氏は 元々 岐阜の人じゃ無い。

名だけ 継いだ人。

私利私欲だけの番長ですよ。

そんな政治家が 何をしてくれるの?

ビジョンの無い政治家なんて 何の力にもなりゃしない。

レトロな市内電車が チンチン~と 走っていた町は

今は バス会社が一社だけ。

採算が合わない鉄道は廃止。

「 車は酔うから乗れない 」 と 言って居た友人は

どうしているのかしら?

美味しいよ~ と、教えられて入った 【 小さな食堂 】 の

お昼のランチは すご~~くまずかった!

これじゃ 衰退するはずだよ”と。

食べ物が美味しくないと 人は集まらないよ!

( 名古屋は 食事が美味しい。

  だから 人が集まるのです。 )




岐阜市は 長良川のほとりの旅館街少しと

新岐阜駅の辺り 少しのマンションだけが細々と・・・

( かっての問屋さんも 殆どが 廃業です。 )

かろうじて 生きている感じ?

人口は減るばかり、

何処の地方の町もそうなんだけれど、

小さくても住み易いコンパクトな町への再開発は

如何に? ですね。

地域の人々に 問われて居ます。




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この記事へのコメント

2019年04月21日 19:16
美川憲一さんの柳ケ瀬ブルースのおかげで名前だけは東北人の私も知ってました。ふと昔のことを思い出して「あの方は今どうしていらっしゃるかしら?」と思うことがありますね。ハイジママさんはそこから一歩踏み出して、知りたいという好奇心を満たして良かったですね。本当にこの世は諸行無常です。
2019年04月21日 20:07
Araratさん
こんばんは!
TVの番組でも 「 あいつ 今 何してる? 】と、言う番組がありますよ。
芸能人のルーツを調べる番組もあります。
やはり、昔の事を知る方が ドンドン少なくなり 調べる事も 困難になります。
私の場合は 電話番号が分かったので 電話をしてみるつもりです。
この世は 諸行無常 平凡な人生なんて 有りませんね。
サワークラウト
2019年04月22日 00:35
柳ケ瀬は岐阜県にあるとは・・考えたことがありませんでした。初めに彼をTVで見た時は、舞台で動き回らない不動の姿で顔の表情変えずに歌うのが印象的で好きでした。優雅で豪華で歌も舞台ショーも楽しませてくれますから。コンサートに出かけたいです。
この時代には本当に歌唱力ある素晴らしい歌手が続々でましたね。
森進一さんやグループシンガーも。
美川憲一さんは本物の芸人ですね。

ハイジさんのプログの主旨と離れてしまうコメントでごめんなさい。
2019年04月22日 15:54
サワーさん
こんにちは!
柳ケ瀬は 岐阜市の真ん中 です。
長良川畔は鵜飼で有名 そして 岐阜城の在る金華山 そして 昔の 加納城の在る南部 と 三か所に別れます。その間の湿地 沼地に戦前の混乱期に 商業地域が出来たのです。其処が 柳ケ瀬です。人が集まると 当然 男性の喜ぶような場所が出来たのです。西の方は いわゆる歓楽街。
名古屋でも 駅の西側が 歓楽街でした。
街の形成 商業地域の形成には 必ず パターンが有ります
そして、また再び 寂れてしまったのです。
時代は どんどん 変わります。
栄えた場所が 寂れて行くのは 淋しいものです。
サワークラウト
2019年04月22日 23:37
寂しい気持ちはわかります。私の故郷・旭川はひどいものです。
旭山動物園があるために、「旭川に行ってきましたよ」と楽しく話してくれる方々にお会いしますが、かっての街の象徴の健康的なショッピング通りは華やかさもなく、高齢のおばあさん達が時間つぶしにやってきてデパートで品物を見たり触ったりしている~、車で出かけるEONは大繁盛・・。昨年の春に旭川に行きましたら、駅のすぐ近くに大型病院やショッピングセンターができて、おいしい食事処もずらり。若い世代・働き盛りの世代で、中心部に人が戻った明るいイメージでした。
かっての華やかな表通りの一本隣は飲食店と飲み屋さん通り、その路地がバーやスナックがずらりで、夜の蝶の職場ですが少なくなったでしょう。
カラオケバーができましたしね。好景気の70、80年代の演歌や艶歌がたくさん作曲され、何も考えずに耳にして歌っていました夜の蝶達の歌、あるいはこの柳瀬ブルースのように。ドイツに来てから、日本の社会は、2重モラルの不健康な社会と気が付きました。今日日本の若い世代の男性達は家庭は妻が見るものと思わずに、妻と一緒にお酒を飲めるし、おしゃべりできる相手でもあり、仕事の後はまっすぐ家に帰られる。酒場の女性にちやほやされなくても良くなったために、昭和の歌に見る夜の歌がないですよね。夜のネオンがぎらぎらしている昭和は終わり、昔を懐かしがるだけではない良い変遷を理解しましょうよ。

2019年04月23日 08:42
サワーさん
車で出掛ける郊外 つまり 広いスペースがある所に 大型ショッピングセンターが出来 其処へ お客が吸い取られるように 移動してから これまでの 【 商業パターン 】 が 無くなったのです。
やはり その車に乗れる世代も やがて 車に乗れなくなるのですから やはり 【 駅 】 を起点とした 小さな商業圏の復活こそ あるべき姿と 考えます。
ネオン街の女たちは 時代のあだ花。
今は そういう【 商売 】 も あまり成り立たなくなったようです。
一部の( 東京の夜の接待 )を 未だに楽しんでいるのは スケベな政治家くらいなものでしょうか。( 笑 )

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