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zoom RSS 久々の友情 A 昔の大学生活

<<   作成日時 : 2018/06/01 06:07   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 26 / トラックバック 0 / コメント 6

気の利くご主人様は〜

たぶん 気を遣われたのでしょうね。

定年後ですから そんなに 「縛られる用事」は無いと、

思うのですが・・・

何か 用事を作られて・・・

お昼過ぎには 外出されました。

悪かったですねぇ〜。



久しぶりに会う〜私たち オバサンが 気兼ね無く、

充分に 【 おしゃべり 】 が出来るようにと、

居ない方が良いと?

御夫婦で申し合わせされたのでしょう。




やはり 同じ時代に 同じ空気を吸い

同じような社会を見てきた友との語らいは 格別である。

本音で語り合える仲である。

正直になれる仲である。

あの頃に戻れる仲である。

初老のオバサン三人が ゲラゲラと

笑い合える仲である。




その頃の大学時代・・・

未だ、キャンパスなんて・・・

名ばかりで・・・

すごく 不整備。

今の時代の大学生活とは 月とスッポン

若い方には 想像も出来ないであろう。

満足にトイレさえ無い。

おまけに 水洗じゃ無い。

夜なんて 真っ暗!

満足に 研究室も無い。

戦後の新制大学、所謂 【 駅弁大学 】 と、言われた

【 地方の国立二期校 】 なんて・・・

本当にみじめな存在。

教授様だって 寄せ集め?

学生も 大都会へ行けなかった 田舎の貧しい学生たち?

なにしろ 岐阜県ですから・・・。

他県より貧しい大学だったかも知れない。

安い学費で行ける国立大学ですから・・・。

ありがたい存在だったのかな?

まだ古い女子師範学校や、古い講堂を寄せ集めて

何とか 大学の体裁を整え?使用して居ました。

今じゃ 其処は公園になって居ます。

古い木の床は 油まみれで 防腐され臭くて〜

歩くと キシキシ 音がしましたよ。

大きな教室は 二つだけ。

そんな所で 工学部の学生も・・・

農学部の学生も・・・

医学部の学生も・・・

教育学部の学生も・・・

ギューギュー詰めで〜

一般教養というもの?を学んで居ました。

専門に入ると 農・工・医は・・・又 違う場所の校舎へ移ります。

学生も 貧しい人が多く、

生きるのに精一杯? という人も居たような。

ちょうど 伊勢湾台風の少し後でしたからね。

被害を受けた農村出身の方は 奨学金を頂いて居ました。



お昼を楽しむ食堂だって・・・

実に 薄っぺらな建物で〜

風が吹けば 飛んで行くような 【 建物 】 でしたね。

裏手に クローバーが生える広場が有りました。

その頃 珍しいポピーの花がきれいだった思い出。



そんな 【 生協食堂 】 で・・・

長い列を作り 不味い 【 ランチ 】 で

お腹を満たした。

薄っぺらな 【 鯨カツ 】 を食べた思い出。




秋篠宮との恋をした紀子様は 学習院の生協の書籍売店で

本屋の店主に 互いを紹介されたと言うが・・・

私たちの時代は・・・まったく違う時代。

そんな余裕なんて?

それでも 若い世代は・・・

それなりに 【 恋 】 も〜ありかな。

未だ 【 安保世代 】 が 生き残り?

えらく熱心に 学生運動に誘う輩も多かった!

民青というの?

デモの名残りが 少々。

大学祭には さえない神輿を作り 市内を歩いた。

長良川の河原で その紙や木で作った神輿を燃やしましたね。

それが、フィナーレです。




私は 親の反対もあり・・・

そういう種の運動とは 縁は無し。

貧しい大学の 【 各学部の統合 】 と、

教授たちとの 【 会話 】 に重きを置いた サークル、

G大セミナーに属して 真面目に 学習する学生でした。

だから、教授たちとは 親密でした。




私たちの時代など・・・

【 小洒落た場所 】 など無い。

汚い〜〜暗い〜〜部活クラブの並ぶ部屋の廊下。

其処を通り抜けると 【 生協食堂 】 であった!




こんな素敵な歌が出来たのは・・・

私たちの時代より さらに あとの事です。

これらの歌が もう少し 早く聴けて居たら〜

考え方も もう少し おませになって?

それなりに 行動できたかも?

とにかく 【 うぶ 】 な乙女でした。












あぁ〜あまり、今回の話題とは 関係の無い内容でしたね。

オバサン 凸凹トリオは・・・

貧しい環境の中でも、

それなりに 明るく・・・

仲良く 青春の一時期を過ごした仲良し三人組でした。




幸せな事に・・・

三人が三人とも、ごく普通の結婚生活を経て〜

子供にも恵まれ・・・

不思議に 男の子ばかり。

無事 此処まで元気に過ごせた事に感謝です。

不思議な事に 三人のうち 二人が 夫の関係で

海外赴任生活を経験しました。

三人すべてが 多くの外国旅行を経験済み。

あまり 地元志向で無いメンバーなので、

地元情報は 少ないグループです。

 


話して居て、かろうじて、色々な情報が入りました。

知らない事が多かったです。

唯一 地元に暮らすOさんの情報です。

同級生の夫とか 同級生本人とか、

離婚した話やら・・・もう、亡くなった方の話も出て、

ビックリ 

やはり、産まれた以上は ある程度 人生楽しんで生きるべき!

つくづく、まずまず無難に人生を過ごして来た事を感謝です。

「 つつがなく〜 」 という言葉は 大嫌いなのですが。



それぞれの人生観 & 価値観は 似て居ます。

あまり 全ての物に固執するタイプじゃ無い。

やはり似た者同士だったんですね。

今回の久しぶりの逢瀬に 感謝します。



帰路 お腹が空いたので・・・

お行儀が悪いかも? ですが〜

お土産の 【 肉まん 】 ( 大阪では豚まん? )

美味しく頂きながら・・・

アッと言うまに 着きました。




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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
学生生活を、今、話せるのは幸福なことかもしれません。
東京では、私の世代でも貧富の差がありました。その中で見聞きしてきたことの中に、進学できず職人になってしまう人や負の連鎖を味わう家庭もありました。
今の中国と変わりないのではないかと思ったくらいです。
過去をあまり話したがらない人を思うと、普通の公務員の息子であったことは、幸せでしたが、自由を得るために、人生自体が冒険になってしまいました。
学生のころは、どこに向かおうとしているか、自分のまとまらない心に疲れ果てていました。
でも、楽しい思い出を話すことができるので、良しとしたいと思っています。(笑)
ベランダNO負(FREEHAND)
2018/06/01 12:55
ベランダさん
今 また 再び・・・なんだか世の中の貧富の差が広がって居ると聞きます。私たちオバサントリオ 凸凹たちの子は 幸い就職もし、家庭も持ち 何とか社会の中で認められるお仕事をする人になりましたが・・・かれらを取り巻く若者の層が 貧しい方が増えると それは心配です。
どちら様も 努力が実る生活が確保出来る社会だと嬉しいですが。
ハイジオバサン
2018/06/01 14:07
大学食堂のCランチ150円が定番でした。
バイトでお金が入ると、翌日は500円超の
ランチのお店に出かけますが、すぐ
また大学食堂に逆戻り。お金が無くなると、
昼は梅本の立ち食いそばというのが一月のサイクル。
そんな遠い昔を思い出しますね。
色っぽいタイトルで、どんな内容かと思っちゃいました。
yasuhiko
2018/06/01 18:27
yasuhiko さん
たぶん 同じ頃の大学生活だったと思います。でも街と田舎では違って居たでしょうね。とにかくマトモな建物さえ無かったのですからね。
貧しい大学生活でした。もちろん、頼まれて私も家庭教師をしました。塾の先生もしました。あんなに時間に束縛されず、もっと 「 青春を謳歌した 」方が良かったのに・・・。今更 思います。頼まれたら断れないタチで、バイトで走り回って居ました。
ハイジオバサン
2018/06/01 18:38
こんにちは^^ゞなんか顔がゆるんでしまうようなお記事でしたー^^
学生時代、振り返れば貴重な時間でした。
やっぱり、女性同士でお話ありますものね。
ご友人のご主人、お偉いなぁ…男ですね。
ぼくは甘えて絶対くっついていくタチなので迷惑この上ないことに気づきました…;;ゞ
いきなりお話を変えて申し訳ないのですが、
僕は日本の歌をあまり知らないのです><
ですが妻は、キミは大正生まれなのかっ@@!と思うほど、演歌からGサウンズ?(失礼、分からず)その他諸々の邦楽に詳しく、いつも歌ってます(うるさかし…)
ガロとかぐやひめってバンド知ってる?とさっき聞いたら、調子に乗り出してずーっと聞かされていて、たまらんです〜><
でも、なんか学生時代の(頓珍漢な)友達のような気もして、聞き流しながら打ってますです><;
ソフィア
2018/06/04 17:47
不完全な環境では有りましたが、やはり大学時代は私にとって一番 青春を謳歌した時だったかも?
もっともっと、のびのびと遊べば良かったなあ〜という後悔が在ります。
親 環境 地域  様々な要因で やりたい事の半分もやれていない青春でした
どんな世代の方も その時 その時を充実した暮らし方をしたいものですね。
ハイジオバサン
2018/06/04 19:08

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