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zoom RSS 理想のニッポンはどうあるべきか?削り削り〜提出した論文です。

<<   作成日時 : 2016/10/12 06:51   >>

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理想のニッポンはどうあるべきか?(NO,2)



ちょこちょこと、紹介するつもりでしたが・・・

いっきに、紹介しておいたほうが、読みやすいかも?と思いましたので、

少々長いのですが・・・。



あの政治塾の募集字数の都合上、私の言いたいことの半分も表現できていません。

文体にしても、だいたい・・・

論文とは、どういう形式で書けば良いのかさえ解かっていない地方のオバサンが書くのですから・・・。

さらに・・・明日は、この文に、今思うことを付け加えて、紹介するつもりです。

長くてイヤだと思う人は飛ばしてくださいね。

NO,10まであります。



まぁ〜この文の最後の部分に・・・;「 美しい国 」 という言葉が、

( 誰でも考える言葉では あるが・・・ )

安倍さんの登場よりも何年も前に書かれていることに、

思わず 〜〜「 苦笑 」 したハイジママです。




私は・・・安倍さんのコピーライターではありませんから(笑)悪しからず・・・。

この言葉が何処かで・・・一人歩き?したことは確かですね。




それとも・・・まさか?この論文?が何処かで漏れたのでしょうか?

あの関西の政経塾が 漏らした?

(爆笑ワッハッハ・・・( ̄∇ ̄;)ハッハッハ )

まさか・・まさか・・・

それにしても、簡単に 「 美しい国 」 のキャッチフレーズが、

彼によって使われるとは・・・。

笑っちゃいました・・・。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


以下 私のへたくそな論文 であります。



          「2015年 理想の日本」                

1.はじめに


現代社会が抱える問題は多い。

地球規模で考えたとき、日本が正しい道を歩むには、いかなる政策を取るべきだろうか。

日本人は人間として、どのような行動をとるべきだろうか。

私は諸外国での暮らし ( ブラジルでの3年間、イラクでの3年間 )や

旅( ニュージーランド ・ カナダ ・ オーストラリア ・ 中国・・・etc〜〜 )の中で、

普通の生活をしている人々の涙や感動に触れ、彼らの理想や国家のあり方などを自分なりに見聞してきた。

それらの国には日本の国が見失った大切なものがあった。



ブラジルでは客人を迎える心の大きさ、人が増えても大らかに受けいれる懐の深さを感じ、

イラクでも貴重な水や甘いお茶で温かく客人をもてなす優しさを感じた。



マザーテレサが指摘した

「 日本は豊かな国でしょうが、心の貧しい人が増えたのではないでしょうか? 」

と、言う言葉を再認識させられた。



都市化の生活が、日本にもあった温かさや奥深い心を失わせたようにも思われる。

核家族化も日本をゴミの山にしているのではないか。

もったいない、最後まで使い切る、再工夫して使う、という精神が大家族では生きている。

年金制度が現代の親不孝を生んでいるとも考えられる。

年金制度がない時代には、親に対する仕送りとか、親の喜ぶ顔を見たいがために

好きな物を買って帰るといった、ほのぼのとした心の交流があった。

世代間の不公平感も渦巻いている。

若者が夢を持てる社会はどうすればできるのか。

我々世代の責任として良い方向に導き直さなければならない。



最近ニュージーランドに旅をした。

そこに日本が見失った大切なものを感じたのはなぜか。

諸外国との比較、昔の日本との比較をしながら、現代の問題点を明らかにすれば、

理想の日本がどうあるべきかが見えてくる。



2.政治参加の意識向上



あらゆる世代、分野の人々が語り合って、各々が持つ知恵と能力に触れれば、明るい未来を切り開く道も見つけられるだろう。

現代が忘れてきたコミュニケーションの必要性を今一度取り戻さなければならない。

言葉のない相手と語り合えないのは当たり前のこと。

昔の政治家は 「 話せば分かる 」 と、言ったが、

今の政治家は言葉もなく 「 話しても分からない 」 と、言う。

その政治家がたまたま言葉を持たないだけである。

国民は心と共に言葉を持つ政治家を選ばなければ国家論も語り合えない。

テレビもお祭り騒ぎをおもしろおかしく取材し、視聴率に一喜一憂している番組が多い。

国民も大切な問題として関心を持たねばならない事項には難しいからと言って見向きもしない。

国家のあり方を論じないのは国民としての義務の放棄に他ならない。

国民全てが議論好きで政治に物申す人にならねば、この国は大変なことになる。

危機感さえ持つ。

それには選挙の方法を今より参加しやすい方法に変えるべきである。

政治離れの若者や忙しい人にも政治に参加してもらうには身近なコンビニでも電子投票ができるようにするとか、投票の期間を長く設定するとか方法はいくらもある。

免許証やパスポート収得の条件に投票の義務という項目を付け加えるのも一方法である。

多くの人が抵抗なく選挙に参加できる国にすることが、国民の意志をより政治に反映することになる。



国会を考える時、二院制はいかなる意味をなしているか。

議員の質、議論の様子、法律の決められ方などを見ていても、参議院の意味を甚だ疑問に感じる。

ニュージーランドは一院制だ。

しかし、議論は徹底的に行われる。

( 日本の政治に 議論は有るのか? )

全ての公共投資にしても採算性を第一に考え、その必要性がないものについてはバッサリ行わないことを住民投票で決める。

例えば鉄道は幹線が一本だけで駅舎であった所は、市場や駐車場にした。

そのままわが国には当てはまらないが、合理的かつ整然と切り替える様は見習ってほしい公共投資のあり方だ。

外国は工事そのものがシンプルである。

日本は、道路一つ見てみても金がかかり過ぎる工事がされており、公共工事で儲けようという輩、一部の業者に癒着した政治が多すぎるのではないか。

( 現に 今〜〜問題になっている 豊洲市場問題! 此処 付けたし! )

かの国では社会の構成で女性が活躍する場が多いという事は働き方も考えられている。

女性の警官が多いのも犯罪の種類が異なるためであろう。

むちゃな長時間労働は考えられない。

それでも国は整然と回っている。

国民の満足度は絶大である。

あまりにも自由過ぎて選挙に行かないことまで自由とされる日本が、どういう国を作ってきたのか。

犯罪国家、汚職国家、夢を持てない世の中にしてしまった。

政治参加の意識向上こそ明るい将来を作るのだと言うスローガンを今一度掲げたい。


3.社会構造の見直し


高度成長期以降、世の中から見捨てられ荒れ果てた農山村の生活を見直したい。

社会構造の見直し、人口バランスや仕事の種類の適正な配置を考えたい。

サラリーマンになり都会に出ることが生きる方法だった時代の流れを見つめ直したい。

人間の幸せとは何に求めるものなのか。

人の心理や、社会の構造的な変化をどう分析できるのか。

日本人はこれからどういう方向へ進もうとしているのか。

今のままの働き方、時間の使い方で果たして良いのだろうか。



若者の就職は難しく、フリーター人口が過去最多の217万人と労働白書は語るが、日常生活に不満を感じている若者はもっと多い。

アルバイトや派遣という形に甘んじている若者ばかりではない。

彼らは収入も少なく、親元にパラサイトや栄養不良の生活をし続け、無年金世代になりつつある。

この問題を解決しなければ、近い未来の日本は危うい状態だ。

少子化の問題は結婚できない若者の問題だ。

できちゃった婚の若者の多くは子育ての意識も低く、子殺しや虐待の問題も、原因は親になりきれない未熟な若者が増えているからである。

「 構造改革!」と政治家は声高く言うばかりで、本当の構造改革は社会の組み立てを根本から見直すことだ。

農村の暮らしにしても農業をやって食べていける世帯は一部である。

近くの工場や会社に勤めをしていればマシな形であって、リストラにあえば親の年金を当てにしての生活をする若者も多い。

親の世話にならないだけでも親はありがたいと言い心配の種は息子の将来だと言う。

そんな将来性のない男には嫁ぎたくないと女性は言う。

結婚できない男女が多いので子も出来ない。

堂堂巡りで少子化になる。

山村には細々と質素な暮らしを続ける老親が居る。

息子達は町で出て核家族でささやかに暮らしている。

たまの休みに田舎へ帰る道の長い列、これが日本の現代の構造である。



拝金主義が大手を振って戦後の社会を発展させてきた。

お金が全てと言う考え方は、かなり日本人に浸透している。

ヨーロッパではそういう拝金主義に対する蔑視の動きがある事を日本人はどれだけ認識しているか。

ニュージーランドでもアメリカが嫌われている理由に「お金が全て」という拝金主義が影響していると聞いた。

「 生活できるだけのお金があれば良い 」という価値観を持って日常が送れたら、それが卓越した人生というものである。

価値観の変革が必要なのだ。

日本の山の木を切るよりも外国で買ってきた方が安上がりという経済効率主義の考え方が、日本の山を荒廃させたと言っても過言ではない。

戦後木材不足の時、成長の早い杉の植林を推奨した国策の失敗である。

今からでも遅くない、日本の木材を使うという政策に切り替えて貰いたい。

国策の一貫性が国を信頼することに繋がり愛国の精神も生まれる。

構造改革というのは物を生産しない人口比率を最小限にし、やはり額に汗する仕事の割合を高めることだ。

それが日本の国土を守ること、食料の自給率をある程度確保することにも繋がるのだ。

農業を主たる産業とする国 ( ブラジルや中国、ニュージーランド等 )との関係は親密にする。

ニュージーランドの車はほとんどが日本からの中古車である。

日本は工業製品を生産して世界に供給する国だ。

そのために国を随分汚している。

これからは環境にやさしい製品を作ることを心がけ、再利用してくれる国にも迷惑をかけないで済むようにしたい。

相互に役立つ国になり、迷惑をかけないで感謝される国になることが世界の中で日本が生きる道だ。


4.尊敬される国



理想の日本は、世界中から尊敬され「 わが国も日本のような国になりたい 」と言われることだ。

イラクにいる時よく言われた言葉だ。

今、その言葉は日本に向けられる言葉であろうか。

人々が穏やかに住み子どもを大切にし環境を美しく保ち、世界中のどこの国とも争わず、まるで、宮沢賢治の世界のように大した欲もなく過ごすことだと考える。

ちょっと価値観考え方を変えることで、ゆったり理想的な生活が出来る筈だ。

それを、地形的に良く似た環境なのに理想的な生活を実現している国、ニュージーランドで見てきたばかりである。

かれらはいかなる民族とも融合して穏やかに暮らしていた。

所得はけっして高くはないが(平均月20万円位だという)週末は馬に乗りヨットを浮かべて家族とのんびり過ごす、そんな生活がそこにはあった。

考え方一つで変われるのではないか。

それには、やはり価値観について国民が意識し、議論し、哲学をせねばならないだろう。

その能力は、小さな時からの教育によって徐々にしか培われないものかもしれない。

映画とかドラマ、文学の影響も大きい。

新聞、テレビなどのコメントもその責任は大きい。

現代の価値観を培ってきたのはそれらだ。

幸せとは何なのかを考え直す時期に来ている。

価値観の狂いが、犯罪の増加を招いているとも言えるのではないか。



人が人として生まれ来て成長もし仕事もし楽しい事もたくさん経験をしてこそ、人間的である。

それぞれの能力に応じて、精一杯に労働を体験し社会に役に立つこと、楽しく会話して感情の交流もあって、人として生まれた意味もある。

働き方は人それぞれで構わない。

例え小さな畑を耕すという行為でも働くことが尊いのだ。

働き盛りの社員が休む土日の操業を60歳以上の短時間雇用の社員が支えるという会社があると言う。

そういうパターンもこれからの労働力不足を補う一方法だ。

それは高齢者の生き甲斐にもなる。

町のゴミを拾うという行為一つにしても、町の美化には役立つ行為なのであるから、ホームレスを決め込み公園を占拠する前に考えなければならないことだ。

公園を汚すホームレスが居る国は先進国と認めない。

働ける人は働かねばならない。

ニュージーランドでは公園にホームレスはいなかった。

安心して女学生が遊べる公園だった。

母親が安心して赤ちゃんを日光浴させられる公園だった。

ゴミは一つも落ちていなかった。

そういう国が真に先進国と言える。

極論だが、まだまだ働ける老人が朝から風呂に入り、施設のオバサンに連れられてお散歩をし、ゲートボールを楽しんでいるのを横目で見ながら、畑仕事をする私は 「 何かおかしいぞ! 」 と、感じる。

彼らはゴミ拾いも草抜きもできる体力がある。

畑を耕す能力は私より上かもしれない。

体を使わないで、生きるだけという人生に疑問を感じるのは私だけだろうか。



難民の援助もしかり、自分たちの土地に自分たちの手で種を蒔いてもらうことが本当の援助だ。

先進国と言いながら勝手に武器を売りつけ始末をしないまま、民主主義の実現をと、口だけで言うなんて、大国のエゴとしか考えられない。

残念ながら埋め込まれてしまった地雷の撤去を遠くから見ているだけでなく、どのように撤去するのかを学び、共に撤去に汗を流す行動こそが地元民に求められるのではないか。

大変なことだが、一つひとつ取り除いていかねば自分たちの作物を作る土地は返ってこない。

あまりにも人様に甘える構造は先進国にも発展途上国にもあるのではないか。

甘えない生活、自立の生活こそ理想生活なのだ。

もちろん自立したくても出来ない方には、尊厳を大切にしながら援助はすべきである。

家庭の中での介護が大変だということで、囲われた施設の中での介護が果たして本当に老人のこころを思いやったものなのか。

自立の精神を老いも若きも肝に銘じて生活しなければならない。

甘えの構造はあらゆる場でいらない。

人はプライドを保ち、生きたいと思い続けるものである。

人生哲学を後に残る人々に伝えるのだ。



5.21世紀は環境の世紀


穏やかに住むには住宅環境を良くしなければならない。

今のように百年持たない家では庭の木々も大木にならず、無責任な小さな住宅開発ばかりがなされる現状だ。

予算を使い果たす為に無駄に掘り起こされる道路行政も問題である。

住宅政策や町の設計に、大きなビジョンを持ち計画的に進めなければ美しい日本は保てない。

江戸幕府が考えた都市計画のようなものを各自治体が知恵を持って進めるべきだ。

現代日本の都市開発にはビジョンがなく、無秩序な町ばかりが広がっている。

もっと上空から日本の町を眺めるべきだ。

駐車場を作るにしても地温の上昇を伴うコンクリートだけの駐車場は認めず(止められる車の数は減るが、そんな採算だけを考える拝金主義は通用させない)必ずグリーン地帯を作ることを義務つける厳しい規制をしてほしい。

そういう規制は大歓迎なのだ。

全体を考えず個人の利益ばかりを大切にして来たツケが結局は住みにくい社会を作ってきた。

住まなくなった廃屋は綺麗な更地にして緑の復活を計る土地に戻すと言う法律があれば、美しい国土は守られる。

でないと、この国は高齢化社会の果ては、廃屋だらけの列島になりかねない。

始末良く美しい環境が保たれている国、そんな国が尊敬に値する国だ。

ニュージーランドの人々は捨ててあるゴミを持ち帰る人が99%だと聞いた。

日本の国はゴミを見ても多くの人がどういう行動を取るだろう。

現代の日本人は何%の人が良き人であろうか。

平和産業を国家の主なる産業にするべきだ。

日本はかなりの人々が軍需産業という分野に携わっている。

最近の動きでは武器輸出三原則の緩和の方針が心配の種になっている。

これらの産業に属する多くの人々を、リサイクル地球の資源を大切に使う産業にうまくシフトできたら、日本は胸を張って平和を愛する国だと言えるのではないか。

環境産業の隆盛こそ、これからの日本のあるべき姿ではないか。

この地球を子供たちに、責任を持って美しく残すために私たちは何ができるか。

第一に、環境問題の深刻さを、今、生きている私たちが認識する。

第二に、省エネ・循環型社会を目指した生活をする。

第三に、市民として社会に働きかけ、自分に出来る事を自分らしい方法で企てる。

市民として社会に働きかけることは、地域社会の中で、若い人や知り合いに無理なく自然の大切さを訴えることだ。

感動のある写真を撮りその写真を出来るだけ多くの人に見せることにより、自然やあらゆる生物との共生を訴える。

一生懸命子育てをするツバメに人は子育ての基本を学ぶことができる。

動物の子育てを見ることにより、自然の大切さも親子の情も学べる。

幼稚園に送り迎えする父母をつかまえて写真を見せながら語りかければ意外に真剣に聞いてくれる。



昔、水は井戸からタダで飲めるものであったが、今や買うものという常識が定着しつつある。

水環境の汚染は富栄養化による水質汚染、地下水の化学汚染、海洋汚染等など恐れていた事が現実問題となり新聞を賑している。

ゴミの廃棄場が山に作られている現実は、長年の間に地下に染み出し川の水を汚染し、さらに私達の飲み水を危険なものにしている。

おりしも岐阜市で善商というとんでもない業者による廃棄物の山が発覚し、その処理問題に頭をかかえ合併問題で合意していた周りの市町村は負担金問題で「嫌なこと!」と、逃げの姿勢である。

どこの市町村でも、自分の近くにゴミの集積場が作られたり、燃やされるのに反対の大合唱である。

身近な自分たちの問題なのに当事者意識のない人が多い。

広報でも 「 あなたたちの問題なのですよ 」 と、知らせるべきである。


6.外交力の高度化



争わない国であり続けることはひとえに外交力である。

特定の国と条約によって保たれる平和は、恒久のものでないと歴史が語っている。

掘り下げて世界史を学べば、いかにすれば独立を守り他の国を侵害しないで豊かな国を築けるのかが、分かるのではないだろうか。

第一に、政治家がすべて歴史の学習をし直すべきである。

歴史認識の不足が、恥ずかしい程のばかげた発言をどれだけ彼らの口から出させている事か。

そうして諸外国のひんしゅくを買い、外交を不利にしている。

第二に、外務省の人達にも同じ事が言えるのではないだろうか。

アメリカ一辺倒の外交がこれからどういう不利益を生むか、よく考えて貰いたい。

アメリカも大切な国だが、一大統領の考え方に 「ごもっとも」 ばかりでは自主外交とは言えない。

第三に、国民も自分の頭で歴史認識を正しく持つべきである。

大英帝国の植民地であったニュージーランドは、今は国としての威厳を保ち、エネルギー政策についても堂々とアメリカに物申す姿勢には頭が下がる思いである。

日本もそのような立場を十分に取れる筈だ。

どの国にも常に変わらない姿勢で堂々と正しい事を物言う姿勢こそ、真の世界のリーダーと言えるのではないか。

そうなった暁には、諸外国から是非常任理事国にと望まれるのではないだろうか。

日本の外交は失礼ながらまだまだ未熟な子どものようだ。

立派な青年になってもらいたい。



国益とはアラブの国から石油を安定的に買うことだと為政者は言う。

それは目先の利益を考えての話であって、五十年百年の先を考えるならば、少ない石油でも動く機械を作る技術を開発する研究に力を注ぐことである。

産油国に 「 買ってください 」 と言わせるくらいでありたい。

日本国民が世界を見る目を確かなものにしなければならない。

国連で喝采を浴びる演説が、どんな内容か聞けば、世界が日本に何を望んでいるのかが分かる。



私は、アメリカと蜜月を送っていた時期のイラクに駐在していた。

そのアメリカにイラクは毎日、国家建設のためという建前を掲げられて、(イラク側から見れば)掃討作戦とかで何百人もの国民が殺されている。

彼らはテロ集団でもなければ、暴徒でもない。

純粋にイラクの自治を願う真面目なイラク人だ。

家族を食べさせる為の職業を求めて、フセイン時代には安定した職業に就いていた人々が警察官募集の列に並んでいるだけで殺されている。

真実を伝えようと報道している人までが殺されている。

私が歩いた安全だった通りや市場で起こっている。

アメリカによる傀儡政権だと現イラク国民会議を認めないシーア派との確執は簡単には解決できない。

彼らはイスラム教徒であるがゆえに、ジハードと称して死をも恐れない人々だ。

アルジャジーラの調査によれば、拉致に関しても賛成が七割というから驚きだ。

アメリカがなぜあそこまで嫌われる国なのか。

それはイラクに民主主義をもたらすのだというアメリカ側の理屈をイスラムの国に押し付けることに無理があるのだ。

考え方が根本から異なる。

敗戦の日本に自由を教えに来た進駐軍とは異なるわけで、旗を振って駐留軍をニコニコと迎え入れた日本人とは全く異種の民族である。

日本はアメリカのように世界で嫌われる国になってはいけないことは、誰にも分かるはずだ。

「 私がイラク人と仲良く過ごしてきた3年間を水の泡としないでくれ 」というのが、痛ましい戦闘のニュースを聞くたびに思うことだ。



最近、中国で開かれたサッカーのアジア大会での反日感情は、日本政府のアジア政策の偏りが招いた結果だけでなく、戦後59年たっても、十分な理解と和解が進められなかったツケであると感じている人は多いのではないだろうか。

外国の地で出会った中国の人々に、私は折を見て過去の日本の過ちを 「 ごめんなさい 」 と、言い続けてきたが、一人一人の国民レベルでの謝罪は、あまりにも小さく効果もなかったように思われる。

真の心の和解を目指すには、政府レベルでの話合いと、誠実なる姿勢と両国が納得できる政策の恒久的な継続から、理解が深まるのではないだろうか。

双方が過去のいまわしい歴史を清算する根本的な話し合いをし、教育のレベルでも双方の国をお互いに認め合うと確認できれば、初めて共にアジアの助け合える国として、手に手を取る事が出来るのではないだろうか。

アジアの連帯も真に強固なものになるのだ。

現政権のアジアのこころを無視するような姿勢(靖国神社の参拝)は、まず止めなければならない事は自明の理である。

中国を未来のパートナーと目指す政治ならば、この行動から改めなければ話の場にも招かれないであろう。

謙虚に悪かったことは認め、素直に謝るという姿勢が、人として当たり前のことではないだろうか。


7.賢者の育成


何らかの企業のトップ、思想、宗教団体に関係する大統領や首相がサミットや国連で寄って話し合いをしたところで、本当に地球規模の真の平和を考えることはなかなか難しい現実である。

何の団体にも何の利益にも関心のない哲学者、世界の賢者が一堂に集り、世界の平和、地球の未来についての会議を持ったら、どんな結論が出るだろうか。

話し合うという姿勢の中から同じ地球号の乗員としての共通の意識が生まれるに違いない。

その時はじめて理想の地球になることだろう。



「 賢者とは? 」

言葉をもって理想の世界を語れる人のことと定義しよう。

賢者を育てることが賢い母親に課せられた課題だ。

子育ての大切さ、それは世界の理想に役立つ人材を生み出すことだ。




個人的な富の追及でもなければ他人を蹴落とす教育でもない筈だ。

生きとし生けるもの全ての生き物をいとおしみ優しい心を持った人を増やすことである。

健全なる母性のあり方を探り、子育てこそ平和を導く近道だということに気づかねばならない。



子育てには様々な事情はあるだろうが、子育てが難しい母子家庭や父子家庭、それらの家庭から様々な問題が噴出していることは、悲しい様々な子どもに関する事件を見ても事実である。

従来の父親も母親がいて、それを見守る年寄も居るという愛情に満ち溢れた家庭生活というパターンが崩れてきている現代を考え直す時期にきている。

私が見た外国の大家族には、優しい人々が子育てにも協力しあっていた。

賢者の会議をするには、やはり会話と語るべき哲学が必要である。

その基礎になるのが教育である。

教育には具体的な科学技術を極めるものと哲学的な分野がある。

まず、科学技術については直ぐに経済活動に結びつく研究ばかりが日の目を見るのでなく、地道な科学技術の研究者を大切に育てることが、長い目で見て日本の繁栄、世界の人類に役に立つ研究になるという考え方を、役所サイドから応援する体制を今以上に充実させていただきたいものである。

直ぐにお金になると言う短絡的な事業にばかり目が向き、基礎的な研究には日が当たらない現実は、真に先進国とは言えないお粗末さであると思う。

若い科学者を大切にし、生活の心配なく、研究に打ち込める支援が必要である。

少なくとも三十歳前の若者は世界にはばたき、世界の現状をあらゆる分野で見てきてほしい。

国の基本はあらゆる分野で教育である。

勤勉と努力をモットーとした戦前の教育は、極端な上からの押し付けを除けば決して間違ったものではないと思う。

自分のポジションを知り努力して働く事、遊びとのメリハリをつける生活をしようと若者に言いたい。


8.終わりに



若者の声に為政者は耳を傾ける必要がある。

若者の夢、提言を実現する為に、努力を惜しんではならない。

世代を超えた話し合いが大切である。

次の世代に借金を残こす悪循環の社会は、政治不信を深めるばかりである。

主婦感覚の節約術を持って、無駄をなくすメリハリの利いた家計術を改革に取り入れるならば、十年間の国民の協力で国家予算は健全なものになるだろう。

改革の好機を今と認識し、予算作りに私利私欲、縄張りの奪い合いを持ち込まず、危機感を持ち、立ち向かう姿勢を為政者には望みたい。

世界から尊敬される国になるための軌道修正を行わなければならない。

全ての人が国民としての当事者意識と責任を持ち、一人一人が良き人になれるならば、その集合体としての日本も良き国、美しい国になれるのではないか。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


次に 順々に補足いたします。


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コメント(6件)

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素晴らしい!
もちろん全文読ませていただきました。

「人が人として生まれ来て成長もし仕事もし楽しい事もたくさん経験をしてこそ、人間的である。」
「全ての人が国民としての当事者意識と責任を持ち、一人一人が良き人になれるならば、その集合体としての日本も良き国、美しい国になれるのではないか。」
その通りだと思います。
長期的視野、教育の在り方、・・・・。

たくさんのかたに読んでいただきたいです。
栗原
2016/10/12 08:12
栗原 さん
田舎の婆さんが 単に独り言をつぶやいて居るだけです。
何の影響力もありません。

明日から さらに 付け加えて提出いたしますので ボチボチ読んでやってください。ありがとうございます。
ハイジママ
2016/10/12 09:20
私は昔のように犬、猫が残飯を食べて生ごみ低減。
美しい日本復活への一歩と思いました。
ここに書かれていることは、国会議員の方に読んでいただきたいとも、思いました。
一般人
2016/10/12 19:04
一般人さん
そうですね。捨てる食品も多過ぎます。
スーパーやコンビニの食品の在り方 もう少し 行政指導があってしかるべきです。
読んでいただきありがとうございます。
ハイ! ある国会議員さんに 読んでもらうつもりなんですよ!
ハイジママ
2016/10/12 20:58
国家の先行きを憂えて居られるお考えには驚かされますよ。無事に日々が過ごせたらそれで良いと思う私はお恥ずかしいです。時々は理不尽な事件に怒ったり嬉しいニュースに喜んだり涙したりと狭い世間がますます狭くなっている昨今です。
ハイジさんは政治家を目指されたらよかったのにと思います。
のろばあさん
2016/10/12 21:26
のろばあさん
私が 変わり者だけです。
普通のお婆さんは こんな文章を書いたりしないでしょう。昔から こういう人。
学生時代には 先生から 「 政治家向き 」 だと、言われましたが、その頃でも やはり 政治家になるにはお金が必要な時代。
本当に 志のあるお方 たくさん 学生時代には居られましたが 生活の為? 家族の為 全て凡人になりました。
その点 女性は 生活の心配も少ない? ので 政治を真剣に考えられるかも?
でも、普通に結婚 普通に子育て・・・それらをして 特殊な道には・・躊躇しますね。家族の理解とか協力が有ればよいでしょうが まだまだ 私たちの時代は そういう時代では有りませんでした。
ところが 最近・・・少し女性に風が吹いて来たような気がします。
私たちの町から 若い女性が 国会議員になりました。彼女を応援したい!と。
ハイジママ
2016/10/13 08:24

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