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zoom RSS 巨泉さん 逝く〜〜! 82歳でした〜! 

<<   作成日時 : 2016/07/20 10:36   >>

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少し以前に こんな記事を書いて居ました。

何となく 死期が近い? と 感じたのでしょうか?

近頃 死んでほしく無い方が 亡くなるのが多いような?

永六輔さんしかり・・・

そして 今回の 大橋巨泉さん・・・

非常に残念ですが〜

寿命には 勝てません!

この記事も 再び 出来たら お読みくださいませ!

http://mutterhaus-no1.at.webry.info/201606/article_47.html



彼 大橋巨泉さんの気持ち!

今の政局を 心から心配されていたようです。

少しでも 国民が 彼の意思を くみ取りたいですね。

参議院選の結果を チャンと見届けたのでしょうか?

何を思われたか?

そして 都知事選の結果は 見ずして 逝かれてしまいました。

きっと あの世から 見ておられることでしょうね。


http://mutterhaus-no1.at.webry.info/201606/article_47.html


私たちの世代・・・

その頃の テレビっ子には〜

あの下膨れの大きな裸電球のようなお顔は 親しみやすい顔でした。

美しい雑誌の表紙モデルと ご結婚されたことも 知って居ます。

それが・・・病気をされる度に・・・

ドンドンしぼんでしまい、細い顔になってしまいましたね。


大橋巨泉さん死去 妻コメント全文



オリコン7月20日(水) の記事引用!




タレントの大橋巨泉(本名:大橋克巳)さんが12日午後9時29分、

急性呼吸不全のため入院先の病院で死去した。

82歳だった。

 
通夜と葬儀は親族のみで済ませており、後日 「 大橋巨泉を偲ぶ会 」 が開催される。

 
喪主を務めた妻の寿々子さんのコメント全文は以下。

     ◇

 
この度は夫・大橋巨泉の逝去に当たり何かとご配慮をいただき、誠に有り難うございました。

本来は、私がインタビューをお受けするべきかとは存じますが、

結婚以来47年、何処に行くのも、何をするのも一緒でという生活を重ねてきたので

いまだに心落ち着かず、皆様から優しい言葉をかけられると

すぐに涙で声が詰まりお話しできなくなります。

そこで失礼な事は重々承知しているのですが、

このコメントをインタビューに代えさせていただきたくお願いいたします。

「 どうぞ大橋巨泉の闘病生活に“アッパレ!”をあげて下さい 」

 

皆様方も良くご存知のように夫は自他共に許す“わがまま”と言われ、

痛い事やつらい事、待つ事、自分の意に染まない事は

“避けて通る”というわがままでした。

 

そんな夫が2005年に胃がんを手術、

2013年には第4期の中咽頭がんで3度の手術と4回の放射線治療、

昨秋には2度の腸閉塞と手術を、

そして4月の在宅介護の鎮痛剤の誤投与と続いても、

12日までの約11年間の闘病生活を勇敢に戦って来ました。

特に4月からの3ヶ月間は死を覚悟し、全てを受け入れ、

一言の文句も言わず、痛みも訴えずに、じっと我慢をしてくれました。

 

先生からは「死因は“急性呼吸不全”ですが、

その原因には、中咽頭がん以来の手術や放射線などの影響も含まれますが、

最後に受けたモルヒネ系の鎮痛剤の過剰投与による影響も大きい」と伺いました。

もし、一つ愚痴をお許しいただければ、

最後の在宅介護の痛み止めの誤投与が無ければと許せない気持ちです。

 

病状ですが、5月までは希望を持っていましたが、

6月には体力の衰えが見えて、7月に入ると眠っている時間が長くなりました。

それでも娘や孫達の見舞いを受けるとニッコリと笑顔を見せていました。

その頃には会話をする気力もなく、頷いたり、手を強く握ったり、

目元や口元の動きなどで意思を伝えてくれました。

 

そして最後は眠ったまま静かに旅立ちました。

 

たぶん、若くして亡くなった大好きな母親の迎えを受けての旅立ちだと思います。

それから永六輔さんの訃報は、ショックの大きさを考えて伝えませんでした。

素晴らしい看護スタッフに恵まれて、本人ともども心から感謝をしています。

 


そして何度も電話や手紙で励まして下さいました多くのファンの方やご友人と、

優しい大橋家の家族たちには改めてお礼を申し上げます。

最後に孫の言葉を添えさせていただきます。


「 ジージ、これからはただで何処へでも飛んで行けるね!

  ニュージーランドでもカナダでも、でもバーバの側にもいないとだめだよ! 」


2016年7月20日

              大橋寿々子


 
大橋さんは度重なるがんの手術と放射線治療などによる衰弱、

加えて今年4月に受けた在宅介護の医療機関のモルヒネ系鎮痛剤の誤投与により

極端な体力減退に陥り、4月11日に緊急入院。

入院先のスタッフの治療で3ヶ月間も耐えたが、12日に亡くなった。



■大橋巨泉さん(おおはしきょせん)
 
 1934年東京都出身。

早稲田大学在学中からジャズコンサートの司会として活躍し、

大学中退後はジャズ評論家・放送作家を経てタレントに転身。

『 11PM 』『 巨泉×前武ゲバゲバ90分! 』(日本テレビ)、

『 クイズダービー 』『 世界まるごとHOWマッチ 』など人気番組の司会を数多く務めた。

56歳の時に 「 セミリタイア 」 を宣言し、芸能界の第一線から退いた。

 

2001年には参議院選挙に当選して政治家に転身するも、6ヶ月で辞職。

その後は季節に合わせてオーストラリアやニュージーランド、カナダなどに滞在し、

たまに日本に帰国し番組に出演するという生活を送ってきた。

最後のテレビ出演は今年2月のテレビ朝日系 『 徹子の部屋 』 で、

今月7日に亡くなった永六輔さんとそろっての出演だった。

 

これまでに、胃がん(2005年)、中咽頭がん(13年)、リンパ腫(14年)、

肺がん(15年)、と4度のがんを経験。

1994年から 『 週刊現代 』 でコラム連載を続けてきたが、

今年6月27日発売号で自らの意志で最終回を迎えていた。



以下に 彼について書かれた記事を 参考に 記載しておきましょう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



<2014年5月4日付の日刊スポーツより>

<日曜日のヒーロー>
 

これほど言論の自由を体現し、謳歌(おうか)してきた人はいないだろう。

タレント大橋巨泉(80)。

昨年11月に中咽頭がんと診断され、手術と放射線治療を経て戻ってきた。

「 死に損なったから、もう少し言いたいことを言おうと思う。 」

好きなことが言えない風潮やテレビの力の低下をうれう。

この人の言葉は、まだまだ必要である。
 
自宅を訪ねて取材した。

丸顔は面長になり、ずいぶんとやせていた。
 
「 今の俺にとって、一番取り戻したいのは体重なんだ。

  手術の前日(昨年11月19日)に病院で量った時は72キロ。

  一番落ちたのは56キロ。

  今、60キロ超えるまで戻ったが、やせるのってこんなに簡単なんだと思った。」
 

手術で右のあごの後ろ側を切り、がんが転移していたリンパ節を取り除いた。

へんとうにできているがんの腫瘍は放射線を照射して殺す。

放射線治療は昨年12月10日から2月3日まで35回行った。

副作用で口の中の右半分は口内炎になった。

水を飲むのも痛い。

栄養を心配した妻寿々子さん(65)の作るスープを口の左半分を使って飲んでいた。

固形物は2カ月食べられなかった。
 
「 痛み止めのモルヒネを飲むと3分か5分で痛みが無くなるんだけど、

  余計食べられなくなる。

  麻薬患者が食べたくないってのがわかった(笑い)。

  後はごろんと横になって(古今亭)志ん朝さんのCDやジャズ聴いて、

  自分の昔の番組を見て、知らぬ間に寝てるんだって 」
 
1日20時間以上寝ていた時もある。
 
「 ハッと気が付いたらこんなになっていた。

  筋肉全部取れちゃってる。

  皮下脂肪も全部取れた。

  残ったのは骨と皮。

  大腿(だいたい)四頭筋が落ち、こんなに細い。半分になったよ 」


<2014年5月4日付の日刊スポーツより>

<日曜日のヒーロー>
 
これほど言論の自由を体現し、謳歌(おうか)してきた人はいないだろう。

タレント大橋巨泉(80)。

昨年11月に中咽頭がんと診断され、手術と放射線治療を経て戻ってきた。

「 死に損なったから、もう少し言いたいことを言おうと思う〜。 」

好きなことが言えない風潮やテレビの力の低下をうれう。

この人の言葉は、まだまだ必要である。
 

スラックスの上から両手で包んで見せた太ももは、ハッとするほど細かった。
 
「 そのころ女房が見た俺の顔は骸骨に皮が付いているだけだと。

  歯の形も浮き出ていたという。

  さすがに怖くて写真を撮る気になれなかったと言っていた。

  もう、どうでもいいやと思うようになった。

  生まれて80年、死んでもいいと思ったのは初めてだよ。

  こんなつまんない人生なら 」
 

ギリギリのところで自分に問い掛けた。

「 お前は本当の老人になりたいのか? 」

真夏のニュージーランドでリハビリすることを選んだ。

飛行機にもようやく乗ってたどり着いた。

食べるにはまず運動だと、毎日歩いた。

最初は500メートルでも息が上がった。

今は1キロ半程度は普通に歩けるようになった。

そうしたら味覚が徐々に戻ってきた。

今は甘味も感じられる。

好きなゴルフも、もう少し体力が付けばできる。
 
「 再認識したのは『人はパンのみに生きるにあらず』と言うけれど、

  パンも食えない人生なんて死んだ方がましだよと。

  英語で言えば 『 クオリティー・オブ・ライフ 』

  生きている質がいかに大事か。

  ただ呼吸して水を飲んで、食って、排せつして生きているのは人生じゃない。

  自分が感じられるものを感じ、楽しんで初めて人生だ 」



多くの人気番組の司会を務め、テレビ界の礎と黄金期を築いたが、

56歳でリタイアを宣言した。

以来、日本の梅雨から夏にかけてはカナダで過ごし、寒い冬は南半球で過ごす。

本人は太陽を追いかける 「 ひまわり生活 」 と、呼ぶ。

1年の半分以上を海外で暮らしながら日本を見ているからこそ、

リベラルな思想と国際感覚が身に染み込んでいる。

( 海外に住んだ人だからこそ 日本の問題点に気づくものです )
 


今のテレビをどう見ているのか。
 


「 見るに堪えない。

  テレビ欄を見れば分かるだろ。

  午後7時から10時ごろまで何とかスペシャルとか、そんな番組ばっかり。

  訳の分からないお笑いタレントを集め、バカみたいに話して笑っているだけ。

  バラエティーでも何でもないよ。

  バラエティーはいろんなことをやるからバラエティー。

  あんなの単なる無駄話だ。

  ( バラエティーは )かろうじて言えば 『 笑っていいとも! 』だったな。

  あれはタモリという優れたタレントがいたからだが、

  タモリがスターを呼んでトークするコーナーもあったし、

  ゲームもクイズもあったし、バカ話もあった。

  それが今じゃ(後番組は)視聴率3%か!! 」
 

この人だからこそ言える言葉だろう。
 

「 金をかけないといけないところにかけなくなったからね。

  例えば 『 クイズダービー 』 は、

  竹下景子が最初に出てきた時は単なる女子大生女優。

  はらたいらだって面白くない漫画家。

  篠沢教授も何も知らない大学教授だ。

  初期は全然タレントに金はかかってないよ。

  俺が一番金をかけたのは、問題を作る作家10人。

  どこに行っても一流の番組を1人で書ける作家を10人雇った。

  そこに金をかけたんだ 」


この人の言葉は、まだまだ必要である。
 

例えば「11PM」は、政治からギャンブル、エロ・グロ・ナンセンス、

裏社会の話まであえて扱った。

巨泉流の言論の自由の体現でもあった。
 
「 もうリタイアしているから言っていいかも知れないけれど、

  俺は視聴者レベルで番組を作ったことは1度もなかった。

  特に子供は無視していた(笑い)。

  11PMなんて、子供は見ちゃいけないよ、

  という番組を作ると、逆に子供は見たくなるんだよ。

  国会議員になった時、会う議員が

  みんな『親に隠れて見ていました』なんて言っていたよ(笑い)。

  視聴者と子供はヨイショするとつけ上がる。

  もう1段自分が高いところにいて番組を作って、

  見たい人は勝手に見なさいっていうくらいじゃないと。

  ただ、俺たちの時代は、テレビは茶の間の王様だったからね。

  でも今はネット、DVDがあり、テレビは大したことないんだよ。

  メディアの価値が変わった。

  オンデマンドシステムもあって、

  今は視聴者の方が見たい時に見たいものを見る。

  視聴者の方が強い。だから、昔みたいに視聴率30%の番組はなくなった。

  今は15%とったら(テレビ局の)廊下に花がついているからね(笑い)。

  俺や(ビート)たけしやタモリがひっちゃきになっても、

  もう『 HOWマッチ 』 や 『 クイズダービー 』 みたいな番組はできないでしょ 」
 

弱い立場の人に思いが至らない社会や政治を嫌う。

そういう思いは大病を経て強くなったように見える。

残りの人生をどう生きるか尋ねてみた。
 


「 死に損なったから、当面あと5年生きる。

  85まで生きると金婚式なんだ。

  これまで体に10回メスを入れた。

  よく生き残ってきたと思うよ。

  大した才能のない男を食えるようにしてくれた、僕の番組を見てくれた人にね。

  やっぱり、今の日本の国の在り方は間違っている。

  経済の在り方も間違っているということを言ったり、書いたりしていきたい。

  そのためには、やっぱり1年の半分は外国に住んで日本を見つめていないとね!! 」
 

5月下旬にはカナダに向かう。

新たな気力が湧いてきているようだった。

引用 ここまで・・・

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


彼の遺言は・・・


「 安倍晋三の野望は恐ろしいものです。

 選挙民をナメている安倍晋三に一泡吹かせて下さい。

 7月の参院選挙、野党に投票して下さい。

 最後のお願いです。 」

と、いうものでした!



国民は 考えなければならない! と、思います。

彼だからこそ 言えたのです。

彼には 何も怖い物が無かったような?

誰にも媚びない姿勢が有りましたね。

物おじしない 語り口は 好きでした。

合掌!! 



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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
11PM、、いつも家族が寝てから、ボリュームを絞ってTVにかじり付いて観てましたね(苦笑
はっぱふみふみ、、ボイン、、想い出します。
クイズダービーは家族全員で楽しみな番組でしたね(笑顔
司会のテンポがとっても素晴らしく、息を止めて観てしまう、、そんな番組でしたね(笑顔
最後の安倍政治への痛烈なコメントが、すべてを物語っています、、全く同感!、、巨泉、アッパレ!、、安らかに極楽浄土を祈ります。
OTSUKYON
2016/07/23 13:17
OTSUKYON さん
昭和が又 一つ消えましたね。
テレビっ子だった私には 寂しいかぎりです。
国会議員を辞められた時 彼の気持ちも解りました。
たった一人で頑張っても 国会では 発言の機会も無いのだもの!
組織? 徒党を組んで 動く政治家たち 彼らには 自分の思考が無いのですから。
言えることは 巨泉さん以下の議員さんが多かったからだと思いますよ!
天地がひっくり返って 私が国会議員でも…(笑) 巨泉さんと同じ気持ちになるんじゃないかな? 
本当に最近 世界的に指導者をはじめ〜おバカな人が増えました!
その筆頭が テロを起こす人だけれどね。そのほかにも 馬鹿な人ばかりが 増殖中ですね。
ハイジママ
2016/07/23 16:30

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